[レビュー]Emir Hot – Sevdah Metal(ボスニア・ヘルツェゴビナ/メロディックメタル・ギタリスト)
ボスニア・ヘルツェゴビナ北東部の都市トゥズラ(Tuzla)出身のギタリスト、Emir Hotの1stフルアルバム。2008年作品。セルビアのOne Recordsからのリリースで、裏ジャケに堂々とMade In Serbiaと書かれてるのが見えますね。
これまたベオグラード滞在中に購入したもののひとつなのですが、一緒に買ったほかのCD達のほとんどと同様、ケースはスリキズだらけ&ツメ折れと、もはや安定のセルビアクオリティ>< 値段は画像で見れる通り、799ディナールで800円強。その点は文句なしに素晴らしい。
関連情報
実は全然知らなかったのですが、本作は国内盤も出てたんですね。恥ずかしながら自分は完全に後追いで今さら聴いてます。
実際調べてみると、日本語でのレビュー記事もいくつか発見したので、ここであれこれ解説めいた事を書くのは控えめにしようと思います。・・・がここでは少しパーソナルなエピソードも少し交えたり、本ブログの切り口である”バルカン”という側面、とりわけSevdahと本作の関わりに焦点を当てて紹介できるといいなと考えてます。
本作を最初に知ったのは確か、ボスニアの”メタル”英会話講師と、「例えばKorpiklaaniみたいな感じで、ボスニア風とかバルカン風のフォークメタルっているの?」とかなんとか話してた時。
「あんまりいないかもだけど、Silent KingdomとかEmir Hotとかかなぁ」と教えてくれたのがそれだったはず。
「んでEmir HotもTuzla出身で同じ地元だよ。確か今はイギリスかどっかにいると思うけど」って。
あとでチェックしてみると、その通りTuzla出身のギタリストで、もともとはバンドの一員として活動した後、ソロとして活動するようになり、今はイギリスを拠点にしてるとの事。なるほど講師の言う通りです。
本作の、というかEmir Hotの音楽をより楽しむうえで重要になりそうなのが、アルバムタイトルにもあるSevdahなる音楽。これはボスニアを中心としたバルカン地域で演奏されるトラディショナル音楽で、長い間歌い継がれていながら、作曲者不明なものも多いんだそう。
Sevdahについては、↓の記事でも少し書いています。
[バルカンの音Review]Divanhana – Zukva(ボスニア・ヘルツェゴビナ/フォーク・トラディショナル)
このDivanhanaを聴いた以外にも、ボスニアの首都サラエボで、Mostar Sevdah ReunionというSevdahバンドのライブを観たりしたので、きっと多少なりとも、Sevdahっぽさに気付ける耳になってるはず。
Sevdah Metal本編
ちょっとファニーな表情のメロディのイントロ1曲目。30秒足らずの小品ですが、ブックレットによるとこれもボスニアのトラディショナルなメロディなんだそう。
そして熱い歌唱がさっそくネオクラ感をぷんぷんと感じさせる2曲目。運指の細かい冒頭のリフや、ギターとキーボードの高速バトル・・・たぶんこのテの典型的な疾走曲で、ギタリストものとして期待を裏切りません。
3曲目はギターリフからして、エキゾチックな香り漂う曲で、このターキッシュ風のうねうね感(?)はいかにもSevdah的かも知れません。そして中盤切り込んでくるアコーディオンソロ(!)のエモーショナルで情熱的な響きはまさにSevdahのそれ。
歌メロがなんとなく、いつかどこかで聴いたHelloweenっぽい気のする4曲目。基本はそんなメロディック・ネオクラメタルかと思いつつ聴いていたら、後半の展開に驚き。ギターソロから一気に、ギター&アコーディオンの高速ユニゾンになだれ込む瞬間は、一気に空気が変わって、まるでバルカンの風が吹くよう(??)。
そして5曲目です。その名も”Sevdah Metal Rhapsody”。これが本作の最大のハイライトでありピークでしょう。バルカンのトラディショナル音楽をメドレー形式に構成した曲で、12分近い長さを持つ大作。
その成り立ちの通りこの曲は、Sevdah風味のメタルというより、メタルを取り入れたSevdahというバランス感覚を持ってます。
また、アコーディオン、サズ、12弦ギターなど多くの楽器が取り入れられていて、その画を想像するとまさにメタルバンドとSevdahバンドの競演。エキゾチックでスパイシー、として時々メランコリック、みたいなSevdahの要素が満載。素晴らしい。そして曲の長さを全く感じません。
6曲目は普通のロックバラード。特別ボスニア風とかSevdah風とかは感じません。
7曲目は、頭からスリリングなネオクラシカル風のフレーズが炸裂。最後の高速2拍子(?)でのダンサブルな感じが耳を引きます。
2分弱で駆け抜ける8曲目は、アップテンポのインスト。全編これでもかと見せ付けんばかりに華麗なネオクラギターソロが乱舞します。絵に描いたようなネオクラですが、中盤のリズムの取り方やメロディなんかは、ちょっとコミカルで民謡風のテイストかも。
続く9曲目もクラシカルなギターのメロディやフレーズが満載の疾走曲で、いろんな意味で頬が緩みそうです。この曲の歌メロのちょっと温かみのある人懐っこい感じ、再びなんとなくHelloweenっぽい気がします。
ラストを飾る10曲目は、堂々たるヘヴィさのパワーバラードってやつになると思いますが、個人的にはそんなに響きませんでした。
SevdahとMetalの好バランス
全体を通してみると、Sevdah的要素を強く感じるのはアルバム前半部分のように思えます。そして後半はよりネオクラシカル的な香りが強い気も。
基本的にはネオクラ系メタルが下敷きになってると思われます。それにボスニアあるいはバルカンのトラディショナル音楽のメロディだったりアレンジだったりが組み合わせられているという感じでしょうか。
ネオクラシカル的なパートと、トラディショナル風あるいはSevdah風のパートの区別は、割と明確で分かりやすいと思います。完全にブレンドされて、注意して拾わないと気付かないようなものではなく、ここはネオクラ、こっちはSevdah、みたいにはっきりしているので、なじみやすく聴きやすいのではないかと。
実は正直なところ、自分はいわゆるギタリストものってそんなに興味なくて、かなり昔にイングヴェイをちょっと聴いたくらい。しかもそれほど熱心になれなかったこともあり、ギタリストものとして本作を語るほどのバックグラウンドもないので、Sevdahっぽさみたいなものを中心に聴いてました。
総じて見事なバランス感覚でSevdahのテイストを取り入れてる作品といえるのではないでしょうか。たぶんこれ以上トラディショナル臭くなると消化不良を起こしそうだし、押さえすぎると気付かれなくなってしまうし・・・。
あとは同じくボスニアのSilent KingdomもSevdahを取り入れたメロデス・ブラックをやってますが、そちらはもっと隠し味的(?)な使われ方。Emir Hotのような正統派メタルとのコンビネーションは、Sevdahの何たるかを、聴く者に程よく伝える点で良いやり方なんではないかと。
Silent Kingdomの作品は↓でちょっと紹介しています
[Review]Silent Kingdom – Bloodless(ボスニア・ヘルツェゴビナ/メロディック・ブラック・デス)
という事で、ネオクラシカルメタルの中に、鮮やかにバルカンの香りを封じ込めてみせた好盤ではないかと思います。そして同時に、同地域とりわけボスニアへの架け橋になりうる1品に違いない、とも思います。
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