[レビュー]Vicery – Devolution… (セルビア/デスメタル)
セルビアのベオグラード出身、女性Vo擁するエクスペリメンタル・デスメタル、Viceryの1stフルアルバム。2018年作品。ロシアのNarcoleptica Productionsというところからのリリース。限定300枚のリリースらしいですが・・・Discogsでセルビアのセラーからのお取り寄せの品。
関連情報
このViceryについては、ありがたいことに2019年のインタビュー記事を発見することが出来たので、その内容も交えて関連情報を見てみましょう。
バンドの結成は2016年。セルビアのスラッシュメタルKoboldなどで活動するElio Rigonat氏(楽器全般、プログラミング)と、当時16歳という若さのIvana Momčilović女史(ヴォーカル)によって結成されました。
結成当初は、Ivana女史の趣向もあり、Metallica的なスラッシュメタルを目指していたようなのですが、音楽的にというか技術的にあまり上手く(巧く?)いかなかったらしい。
一方でそのIvana女史はブラックメタルやCattle Decapitationみたいなデスメタルや、SoulflyやPanteraといったグルーヴメタルにも入れ込んでいたようで、そういった方向性の音でやっていくのは比較的容易だったんだそう。
彼女のグロウルヴォーカルはウクライナのJinjerのTatiana Shmaylyuk女史に影響を受けているそうで、こうしたデスメタルやグルーヴメタルの影響と、女性Voグロウルといった要素が合わさって、Viceryの実験的な音楽的要素の基になっているようです。
2017年の後半には本作“Devolution…”の楽曲制作を始め、2018年前半には彼らのプライベートスタジオ(という名のベッドルーム)でのレコーディング(という名の宅録?)が完了します。なんでも19曲が完成していたらしいのですが、アルバムに収録されたのはうち10曲。残りは次作に向けて温めておくことになったそうです。
歌詞のテーマは主にドラッグによる汚染や精神的な病について。例えば収録曲の1つ“Golden Bullet”はヘロインによる自殺(自死の方がいいかな?)というテーマ。あと気になるのは、”Dead”という曲、この“Dead”はブラックメタルのあのMayhemの、あのDeadに捧げられたものらしい。実際歌詞をちらと追ってみると、「ショットガン」とか「脳を垂れ流す」とか、ニヤリとしそうなワードが確かにちりばめられてますね。
それから余談で、好きな食べ物&飲み物は?という質問に・・・
Elio氏・・・ローカルでトラッシュなピザ&ジュース
Ivana女史・・・ギュロス(ギリシャの肉料理)&コーラ
と、微笑ましい回答のお二人。ギュロスほ方は分かりませんが、筆者がセルビア旅行で食べた街角のピザ屋さんのピザはどれも美味しかったです、確かに。
インタビュー記事中では、“Absolution”というタイトルで2ndアルバムが準備されていたようなのですが・・・公式Facebookページによると、活動休止のアナウンスが。事実上の解散状態ってニュアンスに読めるのが残念。
本編
さて、前置きがちょっと長くなりましたが、そんなVicery、音の方はというと・・・
全体的な感触、低音の図太さというかファット感というかがブリブリ効いた、ところどころ独特のノリを持ったデスメタルという感じ。
一口にデスメタルといっても、例えばブラストビート大爆発といった暴走感ではなく、彼らのインピレーションの一部であるSoulflyとかPanteraあたりから連想されるグルーヴ感が支配的な気がします。
そして要所でシンセ(?)の不思議なデジタル・エレクトロ風味の装飾が施されていて、そうしたデスメタル+グルーヴメタル+エレクトロな質感という組み合わせが、彼らの音楽のエクスペリメンタルたる所以、という事になりそうな音楽です。
なんだか妙にダンサブルな変拍子のリズムとギターリフが印象的な冒頭1曲目。ロングトーンのギターの音色はなんだか非常サイレンを思い起こさせる響きで、なんだか変なトリップ感すら催してきそうです。中盤ではサイケ?なエレクトロ音も切り込んできたりして、不思議な感じ。
2曲目はパーカッシブな電子音がトライバルな感触満載の、ほとんどダンスチューン。跳ねるようなドラムスのリズムと相まって、これは1曲目以上にダンサブルなグルーヴ感。絡みつくIvana Momčilović女史のヴォーカルは中音の咆哮系で、吐き捨てるような発声がなかなかの迫力。
そして個人的に本作で一番のお気に入りの3曲目、上の方でちょっと触れた”Golden Bullet”。ヘロインによる自殺(自死の方がいいかな?)のテーマ。
曲冒頭はファットでスラッシーな爆走。鈍器で撲殺、その重ったるい死骸を蹂躙しつくしてく破壊の様がなんとも爽快。かと思いきや、中盤では一気に雰囲気が一転、Arch Enemyあたりが切り返しでやってそうなちょっとメロウでメロディアスなパートが切り込んで、その落差にハッとさせられます。これは本作中でもダイレクトな部類の構成になってるでしょうか。
7曲目はちょっと胸の熱くなりそうなヒロイック風味のメロディを持つインスト。そのメロディ感はやっぱりどことなくArch Enemyのそれを思い起こさせます。言葉にするのは難しいのですが、メタル的熱さを帯びたメロディでありながら、どこか甘美だったりメロウだったりするところもあって・・・というそれです。
それから9曲目は例の、”Dead”という曲です。繰り返しになりますが、ブラックメタルのあのMayhemの、あのDeadに捧げられたものだそうで・・・そういう先入観込みで聴くと、低音ブリブリながらギターのトレモロリフの不穏さはどことなくブラックメタルの様に聴こえなくもない、かな。それから中盤以降切り込んでくる、澄んでいながらどこか狂気を孕んだ夜空が輝くようなエレクトロパートが、あのDead氏のこの世ならざるミステリアスさというか、半分向こう側で生きていたようなミステリアスさを表現してる様に、聴こえなくもない。そんな一品。
稀有な踊れるメタル
・・・とここまで印象的な曲を中心に書いてきましたが、独特のエクスペリメンタル感を纏った、グルーヴィなデスメタルなこのVicery。
実は個人的にはグルーヴメタル方面のノリにはひまひとつハマれないのですが、それでも上で紹介した曲たちなんかは、やっぱり耳を引く不思議な感触があって、結構面白いデスメタルになってるのではないかと思います。
逆に言えば、取り上げなかった曲はあんまり印象に残らないというか、そのあたりでややダレてしまう感じもあったり、Ivana女史のヴォーカルが残念ながら単調と言わざるを得ない感じだったりという瞬間も。
とはいえ、とりわけアルバム前半で受けるいい意味で妙なダンサブルな感触はなかなかに個性的で、そんな踊れるデスメタルというのは稀有なものと言ってよいのでは、とも思います。
その意味では、1stアルバムにして既に独自のバランス感覚の実験的デスメタルを演ってみせた意欲作って事になるでしょうか。一風変わった、ちょっとスパイシーな一品をお求めの皆様にぜひ。
参考にしたインタビュー記事↓
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