[バルカン本]メタルヘッドと読む、『トランペットを吹き鳴らせ!セルビア&マケドニア ジプシー音楽修行記』[読書感想文]
今回ご紹介するのは、楽しそうなセルビア本。
吉開裕子(2016)『トランペットを吹き鳴らせ!セルビア&マケドニア ジプシー音楽修行記』共栄書房。
ジプシーあるいはロマとは?という事を詳しく書くとちょっと大変なので簡単に触れると、
確か、歴史的には遊牧民というか流浪の民というような感じでアジアやトルコ方面から渡ってきた人達で、現在では、バルカン半島の国を中心に定住している民族、という事になると思います、大まかに。
そのジプシー、あるいはロマの人たちによって伝統的に演奏されてきたスタイルを、ジプシー音楽と(たぶん)呼んでいます。いろいろ細かなカテゴライズも出来るみたいなのですが、金管楽器主体のブラスバンド形式が基本的な構成と思われます。
この本ではそうしたジプシー・ロマ音楽の中心地でもあるバルカンの国々のうち、主にセルビアとマケドニア(当時。現北マケドニア。以下マケドニアと表記。)でのエピソードが中心に紹介されています。
セルビア・マケドニア各地を巡るトランペット旅
「好きだから」という、単純だけどおそらく最強の理由で、単身セルビアに渡った著者の吉開さん。
その物語は、大きく3つの地域を巡った旅の記録といっても良さそうです。
著者である吉開さんの、本物のロマ・ジプシー音楽の姿を追い求める旅は、セルビアの南部の町Vranjska Banja(ブランスカバンニャ)から、本格的にスタートしていきます。
Vranjska Banja(ブランスカバンニャ)で過ごした後は、セルビア中西部の町Arilje(アリイエ)に拠点を移し、ボスニア・ヘルツェゴビナへの演奏旅行に出かけたり、バルカンブラスの最高峰であるGuča Trumpet Festival(グーチャフェスティバル)を観戦(?)したり・・・
最後はセルビアからマケドニアへ飛び、そこでも素晴らしいブラス体験の数々が。
大雑把に書くとこんな流れでしょうか。
トランペットのレッスンを受けながらブラス三昧の日々。そして日常生活の中でセルビアの人達の暖かさに触れ、トランペット演奏を通して心を通わせる。言葉は通じなくても、その音色を通して分かり合える、そんな素敵なエピソードの数々が収められています。
セルビアやバルカンの国というと、我々にとってあまり馴染みのない地域であることも事実ですが、その分、特有の地名や名前などの知識をあらかじめ少し仕入れておくと、より楽しめると思います。
本の最初の方に、分りやすい地図が載せられているので、それ見て覚えながら、旅路を追いかけるのも良いかも知れませんね。
みずみずしい語り口
この本読んでて、著者の良い意味で非常にライトなタッチの文章がとても印象的でした。
すこし文章というか展開が伝わりにくいところもあったように思いますが、一方でこうしたライトさが読みやすさにもつながってると思います。気負わずさらりと読み進められますね。
これももちろんポジティブな意味で、底抜けに軽いノリだったり、あまり深く考え込むような様子がなさそうに見えたりと、だからこそ伝わる雰囲気みたいなものがあって、きっと理屈じゃなかったのだろうなと、思わずにいられません。
そして語弊を恐れずに言えば、こういうユルさが、この本の最大の魅力の様に思えます。
なんというか、細かな内容はよく分からなかったとしても、本人が嬉々として話してくれる素敵なエピソードの数々にこちらも笑顔になってしまったり、
しかも話し出したら止まらない様子で、あぁ本当に大好きなんだろうなぁと微笑ましくなったり、みたいな。
ちょうどこの本読んだのが、自分自身セルビア旅行を決めた直後というタイミングだったこともあり、考えてるばかりじゃ何も進まないし、とりあえず行っちゃえ風なノリに勝手に共感。
まるでこちらにまで伝染してしまいそうな、ちょっとしたみずみずしいハッピーさが閉じ込められた1冊。
自分とバルカンブラスとかジプシーとか
最後は私事になりますが。。
今にして思えば、かれこれ10年くらい前にはすでに、自分とバルカンとの縁みたいなものが存在していたのかも。本書を一読して、遠い記憶の中でホコリを被って埋もれてたモノの存在を思い出した気がします。
今でこそオンライン英会話でセルビアやボスニア、バルカン地域出身の講師達と話して、講師の皆さんのフレンドリーさというか良い人さに胸打たれ、彼の国に思いを馳せる様にもなり、本ブログを立ち上げあれこれ書いたりやってる訳なんですが、
実は昔々の学生時代に、マイノリティー研究か何かと銘打って、バルカン地域というか、ジプシー関連の調べものに取り組んでたことがあったのです。そしてそれ関連で結構ジプシーブラス音源を聴いたりもしてました。
しかも、当時自分ちゃんと(?)、エミール・クストリッツァ監督の『黒猫・白猫』まで観てるという。。その時はたぶんDVD化されてなくて、VHSで観たのを覚えてます。・・・が覚えてるのは”観た”事だけで、内容は忘れてしまってます。。。
残念ながら、その後には、個人的に非常に暗い時期がやってきてしまって、嗜好的にはブラックメタル方面以外受け付けられなくなり、バルカンブラスのノリはどこか深い隅っこへ押しやられてしまう事になりました。
ところが、です。そう、そうしてどこかへ行って失われそうになっていたバルカンとの関わりが、オンライン英会話講師達との出会いや、本書『トランペットを吹き鳴らせ!セルビア&マケドニア ジプシー音楽修行記』の発見で、あるべきところへ戻ってきたのです。
ちょっと大げさですが、あの時バルカンのこと、ジプシーのこと調べてたのは偶然ではなくて、今こうしてそれが1週回って戻ってきた様な、そんな気がしてます。何か運命付けられてるような??
単にセルビア本・バルカン本として手にしたつもりだった本書でしたが、また新たな、予期せぬ形で、自分の目を覚まさせられた様な、そんな1冊にもなりました。
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